2011年07月31日

熱血教師は大嫌いです


 新しい職場となる高等学校に転勤して1年目。高校1年生の担任をすることになりました。久しぶりの学級担任。どんな子供たちと出会えるのか、入学式前から心はワクワクしていました。

 担任としての学級経営方針もすでに固まっていました。それは、すべての活動に人間的な価値観(「人間愛・正義感・平和・非暴力」など)を盛り込んでいくというものです。
 また、生徒との触れ合いを増すために、学級通信を毎日発行すること、朝のSHRでは落ち着いた心と集中力を培うために3分間の黙想を実施することなども決めていました。

 もちろん、理想に向かってすべてが順調に進んでいくということはありません。
 入学式が済んで一ヶ月ほど経ったときに、私にとって衝撃的なことが起こりました。

 ずっと気になっていた男生徒Aがいました。Aはいつも不機嫌そうな表情をし、協調性も感じられません。清掃もやらず喧嘩早い雰囲気も持っていました。そして授業中の居眠りなどなども・・・

 私は彼のそんな態度の原因がどこにあるのか、背後にある様々な要因を知ることから解決策を見出そうと考えていました。
 そんな折、チャンスが訪れました。

 放課後、彼が別のクラスの同級生と共にバス停近くでタバコを吸っているところを職員に見つかり1週間の停学となったのです。

 停学といっても授業には参加できませんが学校には毎日来て清掃や自主学習、生活指導の先生方のお話などたくさんのプログラムが組まれています。
 彼を理解するには担任の私にとっても好都合な時間でした。

 そんな中、折を見て私はAを誰もいない放課後の職員室に呼び出しました。
 そして、Aのこれまでの生い立ちや家族のことなどいくつか質問しました。
 しかし、私の前にいるのは停学で反省する気持ちを持つ生徒、あるいは「何とかやり直したい」と考える普通の生徒ではありませんでした。

 はじめ、挑戦的な眼をしながらもぶっきらぼうに質問に答えていた彼が突然切れたのです。
「何で、そんな俺の停学と関係ないことをいくつも聞くのか!」ではじまった彼の怒りは、とうとう私がそれまで経験したことのない暴言となり私に向かって吐き出されてきました。

 私はとまどいながらもAの暴言に対する自分の怒りの出場所を心の中に探しました。しかし、心を占めたのは「悲しさや寂しさ」でした。
 
 彼の言葉が終わるのを持って、「わかった もう帰っても良い」とAに伝えました。

 Aが帰った一人の職員室で私は大きな難題を背負ったことに気づきました。しかしそれと同時に、怒りによって生徒に手を出さなかった自分に「救い」の気持ちも持ちました。
 あの場で私が先に手を出そうものならば、取っ組み合いになっていたのは確実でしょう。

 そんな自分の未熟さを抑えてくれたもの・・・それこそが学級経営方針でたてた人間的価値観でした。毎日の学級通信で伝えてきた数々の偉人の美しい人間愛あふれる言葉が、実は私自身も成長させていることに気づくことができたのです。

 それからの日々
 
 私はAが機嫌の良さそうな日にだけ、さりげなく彼に言葉をかけました。
 「兄弟は元気か?」とか「調子はどうだ?」とか他愛もないことだけです。そしてAの返事を待つこともなくさらりと彼のもとを離れるのです。
 しかし学級通信では彼の誕生日に他の生徒と同じようにプロフィールを紹介し、彼のもつ素晴らしい可能性などを皆に紹介したりしました。

 2学期の学園祭、クラスで演じた創作劇では最後のフィナーレでAが皆と一緒に歌を唄う姿に成長の手応えを感じたりしました。ちなみにその学園祭ではクラスの一体感が評価され学校全体で1番の賞も頂きました。
 
 少しずつ少しずつAの成長を感ずる機会も多くなっていきました。そしてまた、クラス全体でも毎日の黙想などで自分が変わっていくことを実感できる生徒が増えてきました。

 そして・・・・
 1学年の修了をやがて迎えようとする時
 Aがこんな作文を私に書いてくれたのです。これは1年間の学級経営のアンケート自由欄に書かれたものです。
 

   先生は入学した時から自分によく話しかけてくれました。自分は熱血教師は大嫌いです。だから先 
  生のことをはじめ「うざい」と思っていました。そのすぐ後に自分が喫煙で出校停止になってしまいまし
  た。その時に先生に暴言をはいてしまいました。でもその時は、中学校を卒業して間もない「ガキ」でし
  たので暴言を吐いたことに対して何も感じていませんでした。でも、今思えばなんと馬鹿なことをしてし
  まったのだろうとしか思えません。あの時はマジすみませんでした。そしてありがとうございました。今考
  えると、あの状況で自分が先生の立場であったなら迷わず殴って即、退学にしていたでしょう。だのに
  先生は殴らずに言葉で終わらせてくれました。それに、自分を見捨てないでいてくれました。それが最
  近わかって、とても先生のことを「すごい」と思いました。今頃それに気づく自分も相当バカですが、前よ
  りかは随分大人になっていると思います。


  ・・・・・・・・・・
 彼が書いたこの文章は、この1年自分なりに努力してきた私への最高のご褒美だったと思います。人への感謝を自分らしく素直に表現できるAの可能性を改めて感ずるものでもありました。


 2学年に進級したAがさらに成長する姿を見せてくれれば、どんなにか素晴らしいことでしょう。しかしそんな一筋縄で行くほどに彼は普通ではありませんでした。よく言えば頑固な一面を持つ大物タイプなのでしょうか・・

 タバコも続けていたようです。もっと厄介なことはバイトで貯めたお金でバイクを買い、それで時折車両通学をしていること、しかも教師にそれが見つかってもすぐにその場をバイクで逃げ出し「あれは絶対に自分ではない」と嘘を突き通す態度です。多くの先生方もそんなAにあきれ果てていました。
 何かあるたびに学校に呼び出される母親の姿にも痛々しさを感じました。

 しかしそんな中にも私とAとの関係は良好に続いていました。授業を持つこともありませんでしたが、何かあると電話をくれるのです。
 一緒にそばを食べに行ったり、Aが失恋で傷心のあまり電話をかけてきたこともあります。
その時は何日もショックでご飯を食べていないと言うので、彼の好きなカレーライスを食べにいったのですが、泣きながらカレーを食べる彼の姿は「子供っぽさの残る微笑ましい」ものでもありました。
 
 3年生の時には、とうとう車両通学を私が発見。翌日「君は私には嘘はつかないよな」という私の言葉に観念したかのように自ら生活指導部へと出向きました。

 卒業し地元の企業に就職。そこで彼の独立心と、とにかく前へ前へと進んでいくチャレンジ精神が会社にとっても大きな力となっていったようです。
 
 しかし、彼の何かを求める姿勢はそこに留まることを許しませんでした。
 県内外でいろいろな仕事にチャレンジしています。それまでにない苦労や人間関係にも悩んだようです。いろいろな経験は彼を確実に成長させています。彼の言葉遣いにも人への感謝の気持ちを表す表現が増えてきているようです。

 今、彼は福島にいます。
 復興のための仕事を行なっているのです。
 彼がそこでみるもの、出会う人々、そこでの経験から彼はきっとさらに自らを大きく成長させていくので 
 しょう。
 久しぶりに電話で聞いた彼の声は、『生きているな~』と感じさせるハリのある明るい声でした。
 


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Posted by 比嘉正央 at 13:38│Comments(3)先生のひとりゴト
この記事へのコメント
体育のバドミントンの授業で、唯一私と五分の勝負した今高校2年のみかさんと去年秋から連絡取れなくなりました。

数日前、同じクラスだったゆいちゃんに会う機会があって「みかちゃん、元気かな。ずっと連絡取れないんだけど」って聞いた。そしたら、「みかは元気。最近会ったよ。バリバリ化粧してる。先生、連絡とりたいって前から言ってたでしょ。先生が心配してるよって言ったら、『あの先生、面倒くさいから私のメアド教えないで』って言われた」という返事でした。

「先生に勝ちたいから、高校でバドミントン部に入ったよ」「先輩がうざいから部活やめたよ」って中学卒業直後はしょっちゅうメールくれたのにね。
中学時代だって、健康面や進路のことで人一倍目をかけたんだけど。

連絡取れなくなった卒業生が増えてきました。

身近に頼れる大人を見つけたのねって思いたい。
Posted by 森谷 at 2011年07月31日 17:20
お久しぶりです。お元気でしょうか?
先生の生徒の一人です。かなり昔ですが・・・(笑)
高校生の時に、比嘉先生は
とっても熱い先生で他の先生とは、違う何かを覚えています。

久しぶりに高校時代のしおりさんの曲を聴き

もしかしたら比嘉先生はHPにいるかもと検索してみたら

ブログを書いていたのでびっくりしました。

ブログを拝見させて頂き思ったのですが

先生の熱さは今になって

意味のある熱さだったことを、しみじみ感じています。

僕も高校の時は少しだけ先生に迷惑をかけ

いろいろと怒られたりすることもありましたが

先生に対してよい印象があります。


文才がないので何を言いたいか自分でもわかりませんが

大人になって先生の教え方は良かったと思っています。
※まだ、大学生ですが・・・

先生の教えは後々、実感できる内容なのかもしれません。

他の先生にはできないことを

比嘉先生はできる先生だと、あの時も、今も思っています。

これからも体に気をつけてがんばってください。

応援しています。元生徒より。
Posted by Hide at 2011年11月10日 21:36
いいですね。恩師といえる先生に出会いたかったです。
生徒を見捨てたり、虐めも自分のために隠蔽するような
(よって元旧友は自@)
一番危険であり、大変な職業なのに、
安易に公務員化しないほうが子や教師のためだと思います。もちろん
良い教師には安定を与えるべきですが、ほとんどの方は・・・
生活の安定のためにやっている人が多いですが、子供一人助けられないなら辞めてしまえと思います。
1人の子の人間の人生を簡単に壊してしまえれる職業です。
子供もみな良い子やうまく生きれる子が多いけど、
今の時代な複雑な子も多くなっていますからね。
自分のような教師を憎む生徒を増やさないように
頑張って子供たちのために、恩師になってください。
Posted by 匿名 at 2012年10月10日 17:08
 
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